親指がボロボロ

日常で思ったことを書いていく雑記ブログ

春よ来い

昨日は体の芯まで凍るほどの寒さだった。寒さは人の判断を狂わせてしまう。寝る前に何万件も未読メールが溜まっているメールボックスを開いたら随分前に前に気の迷いで行ってしまったお風呂屋さんからのメルマガが来ていた。普段は開くこともなくスルーしてしまうの。しかし寒さが気まぐれを起こさせたのか気がつけばメールを開き、そこからリンクをクリックして新人ページを見ていた。そこにはなんと黛冬優子ちゃんみたいな髪型をした嬢が!めっちゃタイプだ!!身長158センチのEカップ!!しかもWeb予約のページを開いたら都合のいい時間帯が空いていた。それを見て俺は悩んだ。悩んだ末そのままページを閉じて見なかったことにしてそのまま寝た。

そして今日。ここ数日の気温が嘘のような暖かさだった。そして雲ひとつ無い、まではいいすぎだがほとんど雲のない快晴だった。天気もよく、しかも温かい。散歩がしたくてたまらなくなってくる。昼休みは散歩をすることにした。

今日の昼間は1月とは思えないほどの暖かさだった。天気がよくてしかも温かいと、歩いているだけでただ気持ちよくなってくる。やはり冬は気がつくと精神が病んでくる。それだけに今日のようなまるで春のような気候は生き返るようだった。結局昼休みは時間いっぱいずっと歩き回っていた。おかげで汗だくになってしまった。全然休憩時間になってねえ!と思わずにはいられなかったが、気持ちがスッキリしたので休憩時間いっぱい歩き回っていたのは正解だったと思う。早く春が来ないかな。

 

真ん中通るは中央線

いつもは仕事が終わると寄り道せずにまっすぐ帰るのだが、今日は何となくヨドバシに寄ってみることにした。特に何か欲しい物があるわけではないけど。

そもそも最近物欲があまりない。家電量販店で家電を眺めていると「これ欲しいな」と思うこともあるし、買おうと思えば買えるくらいの貯金もあるが、結局「別に買わなくてもいいかな」と買わずに帰ってしまう。

「じゃあ俺何が欲しいんだろう?」と考えてみたがそこまで欲しい物がない。欲しい物は無いけど、精神的に満たされたいという欲求は強い。

現代人の最期の瞬間はほとんどが病院のベッドの上だ。どんなに高い家や、高いクルマを持っていても病院には持ち込めないし、どんなに高い服も入院時は着ることができない。だが精神的な満足感は形がない。いつでも自分の頭の中で持ち歩くことができる。だから最期の瞬間も今までの人生で集めた精神的満足感を持ったままあの世に行くことができる。数日前に亡くなって一年になる祖母が亡くなる前に言っていたことを思い出すとつくづくそう思う。

現代には物欲を刺激してくるもので溢れている。あれも欲しい、これも欲しい。と物欲に支配されがちだ。もちろん、欲しかったものを手に入れた時の所有欲は本当に気持ちいいものだ。しかし、物欲に支配されすぎてそういった精神的な満足感を満たすことを忘れないようにしたいものだ。

 

 

my new shoes...

通勤用に新しい靴を買った。

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この靴を買ったのは昨日だったので、今日初めてこの靴を履いた。靴が変わると地面から受ける刺激が違う。地面から受ける刺激が違うと歩き慣れた道もなんだか違って見える。前の靴より靴底が少し固い気がした。そういえば前の靴は中敷きを入れていたのを思い出した。今度買ってこよう。

今日は月曜日。一週間で一番憂鬱な曜日なのだが、新しい靴を履くのがなんだか楽しみで普段より若干憂鬱さが軽減されていた。毎週のように新しい靴を買ったらいいのでは!と一瞬思ったが、3週間目くらいで効き目が無くなってしまいそうだ。何より靴の置き場が無いし、ちょっと勿体無い。

靴を毎週買い換えるのはさすがに無いが、新鮮な刺激を定期的に摂取しないとやはり人生に飽きてしまう。なにか新しい刺激を摂取したい!

 

 

ポジティブに行こう!

性根がネガティブ思考なので、気がついたらまたネガティブな記事を書きそうになってしまった。

まあ人間生きていればネガティブなことをつい考えてしまうものだが、それってやっぱり意味がない。どうせなら自分でも笑ってしまうくらいポジティブな方がいい。

前にもブログで書いたが、この世の中は不思議なもので「出来る!」と思っていても出来るとは限らない。しかし「できない」と思っていると間違いなくできない。だったら多少やりすぎだと思ってしまうくらいポジティブな方がいいのだ。人間誰しもダメなところはある。しかし「俺、すでに人間として完成してますよ。見てくださいよこの俺から溢れる自信!!」とまるで自分の事を完全無欠の人間だと言わんばかり態度を取ってる人は他人から見て「コイツ、できる……!」と魅力的に見える。

もちろんあまりにも自信満々過ぎるのも考えものだが「どうせ俺なんて……」とウジウジしてる人よりは自信に溢れている方が人も集まってくる。そういう負のオーラは出している本人も辛いがそのオーラを浴びる周りの人間も辛い。

じゃあどうすればそういう境地に至ることができるのだろうか。とふとしたときに考えてしまうのだが、答えは出ない。やはり結果が出るまで諦めない事しかないのだろうか。ならばその途中で心が折れてしまう人はどうすればいいのか。心が折れない術を手に入れるか、諦めるしかないのだろう。多分それしかない。

現代社会は様々な保証がある。医学も進歩している。昭和の時代に比べて令和の今は遥かに死にづらくなった。だが『死なない』と『生きている』はイコールではない。現代社会も結局は野生の世界と同じで誰かが何かを手に入れれば他の誰かが割を食うようにできている。野生の世界ならば野垂れ死んだり、天敵に捕食されてしまうような弱い個体も現代社会では死なないでいられる。それは『一般的な常識』ではいい事なのだろう。しかしある意味では残酷ではないだろうか。「自分は弱い個体なのだ」と強い個体が悠々自適に過ごしているのを目にしながら毎日を送っていくのは地獄なのではないだろうか。そしてその地獄から抜け出すには強い個体になるしかない。強くなれないのならば……

 

黒タイツへの思い

ふと思った。

「黒タイツに膝枕されてえな」

もちろん黒タイツに膝は無いので誰かに黒タイツを穿いてもらって膝枕されたいのだ。そしてその誰かはおっさんではなくもちろん女性であり、もちろんおばさんではなく若い女性に膝枕されたい。

なんで黒タイツはあんなに我々の心を掴んで離さないのだろう。黒タイツがシルエットを強調させるからとか、あの独特の色が色気を感じさせるからとかあるのだろうがそんなことはどうだっていい。とにかく黒タイツは最高だ。黒タイツを身に着けているだけで可愛さが少なく見積もっても40%は上がる。少なく見積もっても40%なので場合によってはさらに上がる。ミニスカート+黒タイツも最高だしショートパンツに黒タイツも最高だし、タイトスカートに黒タイツも最高だ。黒タイツ最高!黒タイツ最高!

黒タイツに膝枕されてそのまま永眠したい。黒タイツ膝枕の願いがかなったらそのまま死んでも構わない。ああ、黒タイツ。黒タイツ。黒ニーソックスもいいけどやっぱり黒タイツ。冬といえば黒タイツ。上着はコートやらでモコモコしてるのに下半身はスカートに黒タイツというあのアンバランスさ、たまらない。黒タイツ。黒タイツ。はあ黒タイツ。黒タイツに頬を擦り付けてそのまま意識を失うようにこの世から消滅したい。なんで黒タイツってこんなにいいんだろうな。

 

最近妙に現実感のある夢を見る。過去に目が覚めたら「あれ、夢だったのか」と思うような夢を見ることは何度もあった。だが最近の夢は夢だったことが信じられないくらい現実感がある。

普通夢で見たものは起きたら細かい部分を忘れてしまっているものだ。しかし最近見た夢は細かい部分まではっきりと覚えている。夢の世界の色や空気、夢の中で聞こえた声、夢に誰が出てきていたかをはっきりと覚えているし、夢のあらすじもはっきりと覚えている。普通の夢が起きた時は100のうち20くらいしか覚えていないとしたら、最近見る夢は70くらいは覚えている。

そして夢で見た内容は気がつくと記憶から綺麗さっぱり消えてしまうものだが、そこはなぜか普通の夢と同じなのだ。不思議だ。

現実が少しでも楽しくなるように日々色々やってみてはいるが、正直最近見る夢の世界の方が何倍も楽しい。夢と現実が入れ替わったりしないかな。と寝る前と起きた直後はついつい思ってしまう。実は夢の世界を夢の世界だと思っているだけで、現実だと思っている方が夢だったりして。

しばらくtwitterをお休みしていた。

なんとなくtwitterをしばらく見ないようにしていた。ツイ廃の俺ができるのか!?と思ったが、スマホからアプリを消して、PCからブックマークを消してしまえば案外簡単だった。久しぶりにブラウザからtwitterを開いたら通知が結構な数溜まっていてびっくりした。中には「生きてるか?」というようなリプライもあって少し笑った。

twitterから離れている間一日が長く感じた。無論いい意味で。録画したアニメはすべて消化している。読みかけの本も読み終えることができた。日課シャドーボクシングや筋トレもできている。最近全く書けていなかったラノベもいいペースで書き進めることができている。前から行きたいと思っていたところに行くこともできた。twitterにいかに時間を取られていたかをこの数日で痛感することができた。

今日久しぶりにtwitterを開いてしばらくTLを眺めていたところ、体に異変を感じた。なんというか「今俺もったいないことに時間を使っているぞ!」という感覚があった。そのおかげですぐにtwitterを閉じることができた。

別にtwitterに使う時間があれば他の事に使え!」と言いたいわけじゃない。だがやっぱりtwitterを始めとしたSNSはハマりすぎると精神に影響を与えてしまう。ついSNSウケを狙った行動を取りたくなってしまう。自分より恵まれている人がいくらでもいることを知ることが出来るからそういう恵まれた人と比べて鬱になってしまう。悪意の固まりのような投稿を見て傷ついてしまう。

別にtwitterをやめたからってリア充になれるわけじゃない。会社と家を往復する日々。会社の人とも話すことはあまりない。休日も大体一人。ふとした時に寂しさを感じることもある。このまま何もしなければ何も変わらない、変わっていくのは自分の年齢だけ。という冷静に考えると発狂しそうな人生が待っている。しかしtwitterから離れてからまあそれはそれでいいかな。と現状を受け入れられるようになった。一人は一人で気楽だ。仕事帰りに寄り道したくなっても誰にも連絡を入れる必要もない。欲しい物があったら予算の範囲内で好きなものを買える。何かが急に食べたくなったら急に食べに行くことも出来る。そういう自由という幸せがある。twitterに齧りついていた頃はそのようなささやかな幸せを幸せと感じることができなかった。

いつまでこうしていられるかは分からないが、しばらくは数日に1回しかtwitterは見ないようにしよう。ふとした時に寂しさを感じるけれどw