親指がボロボロ

気がつけば親指はきれいに治りました。

五等分の花嫁にハマる

アニメが面白かったので原作もとても興味があったのだがなんとなく買わずにいた。だが、某氏から強く勧められてKindleでまとめ買いをした。今は値段が戻ってしまったが、買ったときは一巻が少し安かった。いいタイミングに買ったようだ。

アニメはアニメで面白かったのだが原作漫画ですっかりハマってしまった。風太郎と結ばれるのは五つ子の誰なのか、どのような経緯で風太郎はその一人を選ぶのか。敗れた残りの4人はどう過ごしていくのか。そんなことを考えているとこの作品が完結するまでは死ねないな。と思ってしまう。

個人的にはこの作品は漫画というメディアでこそ映える気がする。例えば小説には『叙述トリック』というものがある。わざと勘違いしやすい文章にすることによって読者のミスリードを誘うトリックだ。昔読んだとある小説では犯人がとある家庭の大学生の息子だと思わせておいて実は息子ではなく父親だった。というようなトリックがあった。見事に騙されていたのに気づいたときは何というか爽快感があった。そしてこの叙述トリックは音も絵もない、文字だけしかない小説でこそ一番楽しめる。

対して漫画は絵はあるが、色はない。そして音もない。五等分の花嫁はそこをすごく上手く使っている。五つ子が髪型や服装を同じにしてしまうと親しい人間以外はわからなくなってしまうというのをストーリー上で上手く使っている。とあるエピソードでは完全に騙されてしまった。音も色もあるアニメだとこうはいかないだろう。というかアニメだとそこをどうするのだろうか。とても気になる。

そういった考察面や漫画というメディアを上手く使っている面白さもあるのだが、純粋にラブコメとしてとても面白い。五つ子はとても可愛いし、読者をドキッとさせてしまう演出は本当にたまらない。思わず人に勧めたくなってしまう。本当に面白いので読んだことがない人は是非原作を買ってみてほしい。

 

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10年以上前に祖母に言われた言葉

10年前の話だ。社会人1年目の自分は高校の時から好きだった女の子にアタックを仕掛けてた。(彼女の名前はCとしておこう)

食事に行こうとかいろいろアプローチをかけていた。しかしのらりくらりと誘いは躱せれ続け、気がつけば返信が全く来なくなってしまった。挙句の果てにメルアドも変更されてしまっていて連絡を取る方法も完全になくなってしまっていた。当時の自分は失意の底にいた。連絡が取れなくなって約半年くら経ったころだろうか。高校時代の友人から電話がかかってきた。軽く雑談をしたあと、彼から衝撃の事実を聞かされた、

「そういえばCさん結婚するんだって」

もう少し話を聞いていくとデキ婚だったらしい。その時は本当に落ち込んだのを今でも覚えている。この世の終わりレベルで落ち込んだ。俺が必死に彼女に振り向いてもらいたいと思ってた頃に向こうは向こうでよろしくやってたなんて発狂モノだ。

もう何もやりたくなくなってしまった。そしてつい祖母に起きたことを愚痴ってしまった。すると祖母はこんな事を言った。

「その女は本当にお前が思っているほどの女だったのか?多分お前が思ってるほどの女じゃないぞ」

そしてこう続けた。

「私はおじいさんとは愛し合って結婚したわけじゃない。だからこそおじいさんのことを冷静に見ることができた。だから今まで結婚生活を続けてこられた」

昔ならよくある話だ。殆ど無理やり祖母は結婚させられたので、最初は毎日にように家で泣いていたそうだ。

そんな祖母だったが、最期は「いい人生だった。沢山の孫に囲まれて私は本当に幸せだった」と言い残してこの世を去っていた。

 

もう10年前の話だが、ふとした時にこの時のことは思い出す。普段はのんびりしてマイペースだったが、たまに人生経験から来る核心をついたようなことを言ってくる祖母だった。そして今でも祖母が与えてくれた影響は自分の中にもかなり残っている。

大好きだった祖母がなくなってしまってもう5ヶ月。だが自分の中に祖母が生きていると思うとなんだか心が温かい気持ちになってきた。今でも正直祖母が死んでしまった事実を思い出して泣きたくなってしまうことがあるが、最期の最期まで自分のことを心配してくれた祖母のためにも少しでも幸せな人生を送れるように頑張っていこうと思う。

 

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自分の過去の人生ツイート

フォローしている人が自分の過去のツイートを『人生』で検索したスクショをツイートしていた。それを見て自分もやってみた。自分の人生ツイートを見ていってこう思った。

ひどすぎる!!!

今までこんなネガツイを何年もしていたのか...と自分でツイートしておいてなんだが、呆然としてしまった。もし今の自分がこんな事ばっかりツイートしてるアカウントをフォローしていたら最悪ブロ解、一番マシでもミュートしてしまうかもしれない。

ちなみに今のtwitterのアカウントは今年で10年目だ。アカウント作ったばかりのころからネガツイをしていたわけではないが、ここ数年はかなりネガツイばかりしていた気がする。だがもう何年もtwitterで繋がっていて、何度もリアルで会ってくれいる人も何人もいる。その人達にお礼を言いたい。今まで仲良くしてくれてありがとうございます。

これからはツイートを見ているだけで元気になれるようなアカウントでいられるよう心がけていこうと思う。これからもを水をよろしく!

 

ブログを書かなくなった理由

気がつけばまったくブログを書かなくなった。書かなくなった理由は『それなりに心が満たされるようになった』からだ。毎日のようにブログを書いていたあの頃を振り返ってみると、あの頃は毎日イライラしていて、毎日に余裕がなかった。明るく振る舞っていても心は泣いていた。他人が羨ましくて仕方がなかった。満たされない気持ちをどこにもぶつけることができず辛い毎日を送っていた。その満たされない思いをブログを書くことで解消しようとしていたのだ。あの頃に書いたヘラりまくってる記事を見ると当時の感覚が今でも蘇ってくる。

今も相変わらず不安なことは沢山あるし、失敗して落ち込んでしまったりすることもある。だが弱かった昔の自分とは全く違う。メンタルを強くするためにあれこれ手を尽くした。とてつもなく低かった自己肯定感を上げるために努力した。おかげで不安に潰されることもなくなったし、失敗してもこの世の終わりが来たかのように落ち込むこともなくなった。自分に自信を持てるようになった。あまりにも変わりすぎて自分が自分ではないかのようだ。不安感も「どう解決しようかなw」と前向きに考えられるようになったし、失敗しても「次で取り返せばいいだろw」と思えるようになった。周りの環境が何か変わったわけではないが毎日が少しワクワクするようになった。正直今が今まで生きていて一番楽しい。もし30年後に30年前(つまり今)と40年前(今より10歳若くなる)に戻れるならどちらに戻りたい?と言われたら迷わず30年前に戻してもらうだろう。

今の自分ならなんだってできる気がする。これからも現状に満足せずにどんどん自分を強化して毎日を楽しくしていきたい。

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新元号と将来の自分

元号が発表された。本当に来月から年号が平成から令和に変わってしまうのがまだ信じられない。5月以降も普通に平成が続いていきそうな気がして仕方がない。やはり平成という1つの時代が今月で終わってしまうというのは年齢=平成の年の世代としてはなんとも言えない寂しさがある。

ツイッター上では令和(Reiwa)なので略するとRになるので令和18年はR18になってしまうと賑わっていた。このネタを見たときは確かにな~と笑っていたのだが、17年後自分はどうなってるんだろうと思うと全く笑えなくなってしまった。17年後の自分は50手前になっている。50手前の自分なんて全く想像できない。ちゃんと生活できているのだろうか。というかそもそも生きているのだろうかw

正直凄く不安だ。だが『明日の事を言えば鬼が笑う』ということわざがある。そんな先のことを気にしても仕方がない。今できることは17年後の自分が今の自分に「17年後もそんなに悪くないぞ!安心して年を取れ!」と言えるように1日1日を大事に過ごすことだろう。少し前の自分なら不安だの死にたいだのネガティブなことを書き連ねてしまっていただろう。そう思うと少しは成長できたんじゃないかと思う。偉いぞ俺。これからも頑張れ。

 

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毎日の過ごし方

最近平日の夜や休日のような自由時間にオタク的なことが全然できていないことにふと気づいた。プログラミングしたり勉強したり非オタ的なことばかりに時間を使っている。
何年も趣味として続いていたエロゲもおそらく最後にプレイしたのは1ヶ月以上前だ。アニメもお気に入りのものは見ているが以前に比べて見る本数は減った。微妙なもの見ずにどんどん溜まっていっている。別にエロゲが嫌いになったわけじゃないし、アニメも面白いものがやってないわけじゃない。優先順位が下になってしまっただけ。今時間を費やすべきなことは勉強したり自分を変えていくことなんじゃないかなと思っているからだ。もちろんこれが正解だなんて思っていない。Twitterでイベントに行って楽しそうにしてる人や相変わらず大量のエロゲをプレイしている人を見ると気持ちが揺らいでしまう。今勉強してることがうまく行っても、うまく行かなくても数年後の自分はもうちょっとゲームをやっとけばよかったな、イベントに行っておけばよかったなと思うに違いない。
何年か前の自分もそうだった。叶えたい願いのためにゲームも極力やらずアニメも極力見ず、イベントにも行かないようにしていた。結局その費やした時間は無駄になり、願いを諦めてしまった数年間は空白を埋めるためにアニメをたくさん見たりたくさんゲームをプレイした。それでもやっぱりこのゲームを発売日にプレイしたかったな、このアニメをリアルタイムで見たかったな、このイベント行きたかったなと後悔した。
数年前の自分とは状況が違うとはいえ同じようなことを繰り返している。でもこれでいい。今やるべきことはこれなんだ。今やらないと数年後にオタク的なことにばかり時間を費やしたのとは違う後悔をすることになる。イベントはともかくアニメやゲームは時がたっても内容は変わったりしないけど人間は変わってしまう。今、現在の自分が一番若いんだ。ならばやるなら今なんだ。
本音を言えばオタク的なことにも時間を使いたい。でもそれは無理だ。時間も金も体力も足りない。それに人生はあれもこれもとやりたいこと全部やれるほど時間はない。最近引退したイチローがもし野球選手としても第一線で戦い続けたいけど、他のことでも第一線で戦いたいと違うことに手を出していたらきっと45歳まで現役でいられることはできなかっただろう。
「何かをやる」ということは「何かをやらない」ということなのだからどんな選択をしても後悔してしまうのが人生なんだろう。人生って本当に短い。だからこそやると決めたことは全力でやったほうがいい。中途半端だと全力でやれなかったことを後悔するし、違う選択をすればよかったのではと後悔が2倍になってしまうから。

 

家の近くの家系ラーメンに行ったら嫌な気分になった

昨日から喉が痛い。どうやら風邪を引いてしまったようだ。そういえば以前風邪の引き始めには家系ラーメンがいいという記事を見かけたのを思い出した。そして家の近くに一度も行ったことのない家系ラーメンがある。今日の夕飯は家の近くの家系ラーメンで決まりだ。駅を出てウキウキしながらラーメン屋へ向かった。今となっては行ったことを後悔している。なぜなら隣のおっさんがクチャラーだったから。

どんなに美味い料理でも隣でクチャクチャ言わせながら食べてる奴がいたら美味しくなくなってしまう。しかも隣のおっさんはクチャクチャ汚いだけでなく食べ方もとてつもなく汚かった。まるで犬が箸を持ってラーメンを食べているかのような汚さだった。おっさんが帰るまではクチャクチャうるさいのを我慢しながら食べていたのでラーメンを味わっている余裕がなかった。おっさんが食べ終えた後にはティッシュや箸や使用後の爪楊枝がカウンターにとっ散らかっていた。こんなおっさんが隣にいたもんだかだからせっかくラーメンを食べに行ったのに嫌な気分になってしまった。生きてて恥ずかしくないんだろうかw

多分二度とあのラーメン屋に行くことはないだろう。店に罪はないが初めて行って嫌な目にあった店にもう一度行こうと思う気にはとてもなれない。それにラーメン自体もそんなに美味しくなかった。隣のおっさんのせいでマイナス補正がかかってるのを抜きにしてもスープは薄いし麺も水っぽくて美味しくなかった。あの味で1000円ならまだ家でカップラーメンをすすっていたほうがマシだかもしれない。

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