親指がボロボロ

気がつけば親指はきれいに治りました。

ブログをやっててよかった!

ブログやっててよかった!と最近つくづく思う。

例えばTwitterでおかしなことを呟いたとする。そのときにTwitterを開いていた人はツイートの内容が嫌悪感を抱くようなものでも見る羽目になってしまう。そうすると「こいつうぜえな」と思われてしまう危険性がある。そう思われるのはやっぱりイヤだ。だからツイートしたいことも我慢しなければならない。だがブログで書いた記事はわざわざ見に行かなければ目にすることがない。だから好きなことを書くことができる。最高だ。

どうしても周りからどう思われているかを気にせずにはいられない。だから周りからどう思われるかなんて気にしない人がとても羨ましい。

街を歩いていると奇抜な格好をしている人を見かけることがある。ああいう人達は周りからどう思われてるか気にすることはあまりないだろう。ああいう人達も実際話してみたらいい人なのかもしれない。だがやはり奇抜な見た目をしている人は苦手だ。正直交友関係を築きたくない。そのようなことを思う人は結構な数いるのではないだろうか。実際奇抜な見た目をしている人たちも一度や二度は交友関係を築くことをお祈りされてしまったことがあるのではないかと思う。それでも奇抜な格好を続けているのだから他人からどう思われようが全く気にしない人でないと続けられないと思う。もしくはわざとそう思われたくてそのような格好をしているか。そんな人はあまりいないと思うが。

ああいう人たちは自分とはきっと違う生物なのだと思う。自分が他人からどう思われてるか気にせず生きていくなんて自分にはムリだ。だから今日も無難な髪型にして、無難な服を着て、害のない人だと思われるように自分を演じるのだ。

 

 

朝の絶望感

最近朝起きた瞬間に絶望感に襲われるようになった。『絶望感』と文字にしてしまうとかなりヤバい感じがするのだがそこまで辛い感じはしない。普通にベッドから出ることができる。

だがこの朝起きたときのなんとも言えない感覚に名前をつけるなら間違いなく絶望感だろう。なんとなく将来に希望を感じられないような、なんとなく生きていくのが辛いようなこの感覚。絶望感としか言いようがない。

なぜ最近朝絶望感に襲われるようになってしまったのか。答えはわかっている。将来を良くするために色々やってみたもののさっぱり手応えを感じられないからだ。もちろんこのままで終わるつもりはない。まだ希望は捨てていないつもりだ。諦めたらそこで試合終了だ。何も希望を持たないまま生きていくには人生はいくらなんでも長すぎる。希望を捨てず、願いをかなえるためにできることをやっていくしか無い。

と強がってはいるのだが正直少しずつ人生を諦めつつある自分がいる。ずっと上手く行ってないのに次はイケる!次はイケる!と思い続けられるほど人間の心は強くない。最近少し疲れてきた。

ふと思ったのだが、絶対に願いを叶えてやる!叶えてやる!というような強いエネルギーを持つことはもちろん大事だ。現実では手に入れたいと思ったものしか手に入れることができないからだ。だが、肩の力を抜くことももちろん大事だ。もしかしたら今くらいがちょうどよかったりするんじゃないのだろうかとか思ったり。どうなんだろうか。

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向精神薬を飲みはじめて数ヶ月経過

軽い薬だが飲むようになって数ヶ月経った。飲んでしばらくすると頭がぼーっとしてきてベッドに入るとあっという間に眠りに落ちることができる。気がつけば心臓がドキドキしたり息苦しさを感じたりすることも最近は無くなってきた。いいことだ。

もちろんいいことばっかりじゃない。たまに飲んだあとの記憶がなくなることがある。今日は朝起きてTwitterを開いたら呟いた記憶の無いツイートがいくつかあったし、PCのディスプレイを点けっぱなしになっていた。今までそんなことがなかったのに。

というかそもそもこんな薬に自分がお世話になるとは思っていなかった。精神病んで薬のお世話になってる人はどこか遠い国に住んでる人たちの話のように思っていたかもしれない。でも、そんなことはなかった。現代社会で生きている人間全てそうなる可能性があるのだ。

そして一番悲しいのは向精神薬はあくまで対症療法でしかないこと。原因自体を取り除かないと薬のお世話になり続けるハメになる。原因自体を取り除こうとしたこともあったが、上手くいかないどころか逆にメンタルにダメージを負ってしまって悪化してしまった気がする。悲しいなあ。

もし自分に何年も付き合っている恋人がいればこうはならなかったかもしれない。恋人いるくせに精神病んでるヤツを見ると正直怒りが湧いてくる。

 

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手品先輩のようなアニメはやはり必要だと思う

2019夏アニメも始まり始めた。今期も面白いアニメが沢山なのだがなんとなく『手品先輩』がすごく気に入っている。作画も正直他のアニメに比べると少し微妙だし、ストーリーも毎回先輩(本名不明)が紐で縛られたり、牛乳ぶっかけられたり、鳩を出産したりそんなオチばっかりだ。

だがそれがいい。このなんというか少し懐かしい、ベタベタな感じのストーリーがいいのだ。大体えっちな展開になるので見ていてうれしい気分になれるし、先輩がかわいい。ハードなストーリー展開のアニメも大事だが、手品先輩のようなおつまみ感覚で見ることができるアニメもやはり大事なのだなと思った。

 

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『いい人ですね』は果たして褒め言葉なのだろうか

褒め言葉なのだろうか?おそらく大抵の人は褒め言葉として受け止めると思う。自分も最近まではそうだった。だが、最近は褒め言葉として受け止めることができなくなってきた。

なぜそう思うようになったのか。いい人止まり。という言葉がある。悪い人ではないのだが、恋愛対象外になってしまう悲しい人間のことだ。非モテの大半はこのいい人止まりなのではないかと思う。そして自分の事をいい人止まりだという自覚があった。だから、そこから脱するために色々やってきたつもりだ。なので「あなたはいい人ですね」と言われると「お前変わってないよ」と言われてるように思ってしまうのだ。

もちろんこの考え方は良くない。「あなたはいい人ですね」と言ってくれる人の殆どは「お前ってって典型的ないい人止まりだよなw」という嘲笑の意味では言っていないだろう。

だからそんな捻くれた考え方をしていると更に非モテをこじらせてしまう。非常に良くない。もっと素直に受け止められるようになったほうがいい。だが、素直に人の言うことを信じていた結果痛い目を何度も見た。そして人の言うことを素直に信じられなくなった。

だが、ウソしか言わない人間はいないし、本当のことしか言わない人間もいない。だから人の言うことを全て信じるのは間違いだし、全てを疑うのは間違いだ。1か0かじゃないのだ。ここは信じて、ここは建前だろうから信じたふりしとこう。というのが正しい人の信じ方なのだ。

やっぱり自分って不器用なんだな。つい極端になってしまって『ちょうどいい』でいることができない。人付き合いでも完全に自分を作り込んで接するか、完全に素を自分を出して接するかの二択しか出来ない。友人と接するのならば別に素の自分を出していってもいいのかもしれない。だが恋愛においてはそうではないと思う。素の自分でいいと言ってくれる人がいればいいが、おそらく素の自分は女性ウケが良くないと思う。だからムリがない程度に自分を偽る必要があるのだと思う。しかしそのムリがない程度が苦手で自分を偽りすぎてしまう。偽りすぎてしまっている人は他人から見ると不自然に見える。そういう人間とは付き合いたいと思う人はなかなかいないだろう。

難しいね。こんなことばっかり考えてるから女に相手されないんだよw

 

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未読・未読・既読・既読

twitterでは最近あまり変な事をつぶやかないようにしている。ツイートボタンを押す前に「このツイートを見た人はどんなことを思うのか」を一度考える。そして問題なさそうならツイートボタンを押している。

だが「いや、お前おかしな事つぶやいてるじゃん?」と思う人もいるかもしれない、そう、たまにやってしまう。なぜなら今まで自分が投稿したツイートを見た人はどう思うかなんて考えたことがなかったからだ。なのでtwitterを開いていると無意識のうちに頭の中で思いついたおかしな事をそのままツイートしてしまうのだ。おかげで最近ツイ消しをすることが増えた。

まあ、もう手遅れかもしれないけど。ある程度の期間twitterでフォローしてくれている人はを水という男がどんな人間か大体分かっているはずだ。非モテをこじらせた男。おそらくそう思われているはずだ。

もちろんこじらせたまま終わるつもりはない。今までオタクグッズにつぎ込んでいた金を見た目、中身につぎ込み、恥ずかしながら出会いの場にも行ってみたりした。

無論結果は全く上手く行っていない。たまにちょっと会ってくれたりする人もいるが、音信不通になってしまう。大体は未読のままブロックされるか、既読スルーされる。一時期女が憎くてたまらなくなったこともあった。もちろん相手にちゃんと返信しないといけない義務もないのは分かってるし、自分に至らないところがたくさんあるからこうなっているのも分かっている。

そして最近は自分は一体何をやってるんだろうと思うようになってきた。恋人いて何かいいことあるのだろうか。頑張っただけの見返りが果たしてあるのか。そんなことを考えてしまう。本音を言えば男と遊んでる方が何倍も楽しいし、アニメやゲームに時間や金をつぎ込むほうが有意義だろう。とある人にも色々言われたし、もう諦めて一人で楽しく人生を送る方向に路線変更したほうがいいような気がしてきた。

 

twitterでは変なことをつぶやくのは極力やめるが、ブログは遠慮せずに書きたいことを書いていこうと思う。

 

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俺、女子高生になります。

2019年も後半戦に突入した。本来ならば新年の抱負が1つか2つは達成されていてもいい時期だ。この記事を読んでいる人はいかがだろうか。私自身は上手く行っていない。全てがイヤになったり、虚無感に襲われることもあるが意味はないので粛々と取り組むべきことに取り組んでいくだけだ。しかしネガティブ思考にならずに毎日を過ごしていても上手くいかないことばかりだとどうしてもフラストレーションが溜まっていく。twitterで最近流行っているコレに手を出すのには十分すぎる理由ではないだろうか。

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ところでそもそもお前は女子高生の香りを知っているのか。とツッコミが来そうな気がするが、残念ながら知っている。私が通っていた高校は男女比がとてつもなく偏っていて3年の時クラスの男女比はなんと5:30(無論男が5)だったから教室の中は女子高生の香りが充満していたし、部活は男女で一緒にできる運動部に入っていたから部活中に女子高生の香りが鼻孔をくすぐるのは日常茶飯事だった。そんな高校生活を過ごしていたからもう高校生だったのは1X年も前だが女子高生の香りは記憶に残っている。そんな男子校出身者からは殴られそうな高校生活だったが、そこまで男女比が偏ってしまうと逆に女が怖くなってくる。おかげで高校三年間一度も彼女ができることなく高校生活が終わってしまった。もちろん今でも後悔している

 

というわけでまだなんとか覚えている女子高生の香りが本当にするのか早速試してみた。体を洗っている時は「ちょっと泡立ちが悪いな」くらいの感想しかなかった。だが風呂から上がって体を拭き服を着て体が乾き始めてくらいからだろうか。何かが違うことに気づいた。そう、自分がまとっている空気が明らかに違うのだ。自分が自分でないみたいだ。このなんとも甘くて柔らかい感じの香りは!!!

気がつけば完全にあの頃の思い出に浸ってしまっていた。すっかり忘れていたことが香りによって蘇ってきた。それが引き金になって更にいろんなことを思い出すことができた。テストでとんでもない点数を取ってしまって血の気が引いたときの思い出。当時好きだった女の子を意識し始めたしたときの思い出。告白して玉砕したときの思い出。辛いこともあったけど本当に楽しい日々だった。もう戻ることのできない毎日。気がつけば涙が頬を伝っていた。

とてつもなく不順な動機でDEOCOを買ってしまったが、とてもいい買い物をしたと思う。男子校出身者にはおすすめできないが、共学出身の人には強くおすすめする。DEOCOを買ってあの頃に戻ろう!

 

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