親指がボロボロ

日常で思ったことを書いていく雑記ブログ

様々な基準

最近割と幸せだ。今日は休みなので昼間まで寝ることができて幸せだった。今日見た映画トランス・ワールドがとても好みで見終えた後幸せな気持ちだった。夕飯に特売の牛肉を大量に焼いて食べた。明日以降が少し心配だが幸せな気持ちだ。

といった具合にまあまあ幸せに毎日を送ることができているが、社会人としてキャリアを順調に積めているわけではないので将来を考えたくない。何人かの縁結びの神にお祈りした割に相変わらず恋人ができる気配もしない。収入もそんなに良いわけでもない。見た目も最近おっさん化が進んでいく一方で鏡を見るのが憂鬱になってくる。個人的にはまあまあ幸せを感じてはいるが、世の中の『基準』だと恐らく幸せどころか不幸せと判定されてしまうだろう。

もちろんそういったものが全く欲しいわけじゃない。むしろめちゃくちゃ欲しい。毎日イキリ倒せるくらいスキルを持った高収入マンになりたいし、見つめただけで女を落とせるくらいのモテ男になれるならなりたいに決まっている。

確かにそれらを満たすことができた時幸せを感じるだろう。だがしかしそればかりの人生もどうなのだろうと思ってしまう。そういうものとは別に幸せを感じることや、大切にしていること。そういったものを大事にしたほうがいいのではないだろうか。

自分が不幸せだと思っていると本当に不幸せになってしまう。キャリアが不安でも、収入がイマイチでも、恋人がいなくても、顔がイマイチでもふとした瞬間に幸せを感じたらこれでもかと思うくらい幸せだと思おう。

最近大ブレイクしている鬼滅の刃の冨岡義勇のセリフに「生殺与奪の権を他人に握らせるな!! 」というのがある。それを少しいじって「幸せかどうかを他人の基準で判断するな!」というのを思いついた。