親指がボロボロ

日常で思ったことを書いていく雑記ブログ

かなしいたのしい

今日はシャツの上にカーディガンを着るという格好で外に出た。カバンを持たずにで出かけたのでイヤホンは丸めてシャツの胸ポケットに入れた。

ふとイヤホンを胸ポケットに入れた状態で胸に視線を向けると、左胸だけおっぱいがあるように見えた。おそらくBカップくらいだ。膨らみの正体はイヤホンなのだが、シャツとカーディガンに包まれているおかげで柔らかそうに見えた。

気がついたら右手がその膨らみを揉んでいた。イヤホンのコードの感触があった。そこで我に返った。なんだか悲しい気分になってきた。そしてなんだか笑えてきた。これが本能ってヤツなのだろう。

おっぱいが揉みたい。あわよくばCカップ以上。

 

酔いどれチケット購入サポートツアー

約束をすっぽかされた。予約した店で一人で食事をして店を出る。しばらく歩いていたら無性にイライラしてきた。約束をすっぽかされるなんて別に初めてのことではないが、それとこれとは話が別だ。酒が飲みたくなってきた。そう思っていたら目の前にHUBがあった。店の前にはサッカーが放映しているという看板が置かれていた。本来ならばそれを見て引き返すべきだったのだが、無性にベルギービールが飲みたくなってきた。店内に入りレジでベルギービールを注文しようとしたら、ベルギービールがない。どうやらこの店ではベルギービールを取り扱っていないようだ。仕方がないので適当なビールを注文し、ちびちび瓶に直接口をつけて飲む。サッカー放映中のため店内が騒がしい。落ち着いて酒が飲めない。サッカー放映中という看板を見た時点で店内がこうなっている事に、そしてベルギービールがなかった時点で店を出なかった事で自己嫌悪感が頂点に達してきた。さっさと店を出たかったので一気にビールを飲み、店を出る。

一気にビールを飲んだことで頭がフラフラしてくる。体が熱い。頭がまわらない。新宿駅南口で腰を下ろして少し休憩することにした。しばらく休んでいたらexcuse me?と声をかけられた。顔を上げると海外からのお客さんが地図付きの紙を見せてきた。どうやら新宿バスタに行きたいらしい。新宿バスタは目の前にあるので案内することにした。バスタに案内し「ここだよね?」と聞いてみるもなんだか不満げな様子だ。グーグル翻訳を駆使して目的を聞いてみたところ、バスのチケットを買いたいらしい。そりゃそうだ。バスタで何をするかなんてバスのチケットを買うくらいしかない。ひどく酔っているようだ。これもなにかの縁だ。バスタのチケット売り場に行き、チケットを買うのを手伝うことにした。意思疎通に苦労しつつもグーグル翻訳を駆使してなんとかチケットを購入し、無事任務完了!ガッチリ握手をした。結局1時間かかってしまった。コミュニケーションって難しい。

バスタを出たところでお礼にコーヒーを奢らせて欲しい。と言われたので素直におごってもらうことにした。だがどこのお店も混みまくっていたので断念。「この感謝の気持ちをどうしたらいい?」と聞かれたので「とりあえず、日本をエンジョイしてもらえたら嬉しい」と伝えて握手して分かれた。ここカッコいい。

この間のやりとりはブロークンイングリッシュとグーグル翻訳でなんとかなった。割と楽しかったし、人の役に立てて嬉しい。最近英語の勉強をしているがとっさに英語って出てこないものだ。とっさに出たのがmay beくらいだったのが笑える。

ともあれ、今回の件で英語の勉強をもっと頑張ろうと思った。今回手伝った海外からのお客さんも第二言語が英語だったようで、一緒にいた友人とは違う言語で話していた。それが彼らの本来の母語だろう。しかし英語は本当にネイテイブレベルに流暢だった。俺も頑張ろう。ちなみに何語かは分からなかった。

シラフに戻った今、酔っ払っていていい気分になっていたとはいえここまでやるとは自分ってお人好しだな。と思わずにはいられなかった。グーグル翻訳でのやり取りも普段スマホを二台持ち歩いているので一台を彼に使ってもらって行っていたのだが、初対面の相手にスマホを持たせるなんて危機意識がガバガバすぎるし。

まあ、でもいいのかな。どこの国出身かも、名前も知らない彼は俺のおかげで日本人に多少なりいい印象は持ってくれただろう。とりあえずいい事をしたので可愛い恋人がほしいです。

 

不要なほど必要に

他人から「お前でなければ駄目だ。お前が必要だ」と言われるような自分ではない自分になりたい。そう思いながら今日も自分でなくてもできるような仕事に1日の1/3以上を費やしていた。

だが仕事でも何でも属人化してしまうのは良いことではない。何かがあっても代わりが用意できるようにしておくことが望ましい。それに世の中に「絶対にその人でなければならない」というようなことはない。「あの人と付き合えないなら一生一人でいい」と言っていた人が気がつけば新しい恋人を作っていたように。ドラえもんの声優が全入れ替えされて気がつけば入れ替わった後の声が当たり前になったように。ゼロの使い魔の最終巻を亡くなった原作者のヤマグチノボルに代わって違う人が書いたように。

それにもし自分が「自分でなければならない」存在になったとしても、仮に自分に何かがあったときに残された人たちが困らないようにしなければならないと思っている。それでもやはり誰かにとっての「自分でなければならない」存在になりたい。人が生を実感するのは人から必要とされていると感じたと時だろうから。

そしてそう思ってる人は騙されやすい傾向がある気がする。そうならないように気をつけよう。

 

自分ではない自分を求めて

色々と上司と話をする機会があった。会話の中で「を水君はこうしたほうがいいよ」と言われたことがあった。それは自分でも常々思っていることだった。偶然なのか、他人から見ても「そうした方がいいのにな」と思われる程だからなのかは分からないが。

ちなみに言われたことは「もっと男らしくしたほうがいいと思うよ」だ。

昔から自分の見るからに大人しそうな顔が好きではなかった。髪型を変えてみても、服装を変えてみても、筋トレをしてみても、自分の思う男らしさ、もっと乱暴に言うとオス的強さが出せない。体からにじみ出る弱そうなオーラがどうしても隠せない。それが辛かった。

多様化の進む現代。男らしく、女らしく生きる必要はないというような意見をよく目にするようになった。とはいったものの、様々な場面で男らしくない自分が嫌でたまらなくなったりする。女性はどうだかは分からないが、現代ほど男らしくない男が生きていくのが苦しい時代はないと思う。

 

強くなろう

もうほとんど書き終えた記事があったのだが、公開するのをやめた。内容もかなり暗めだったのでこれで良かったのかもしれない。いつか軽めの笑える文章に書き直して公開したい。しかしその記事以外にもいつか書き直したいと思いながら下書きで止まっている記事が大量にある。なのでこの公開するのをやめた記事もその大量にある記事におそらく仲間入りすることになるのだろう。

最近頭の中が汚部屋状態だ。色々知識を入れすぎて逆にどれを取り出していいのかわからなくなってしまっている。知識は武器だ。鎧だ。現状を打破したいときに力になってくれるし、困ったときに自分を守ってくれる。だが今は武器にも鎧にもなっていない。ステータスを若干上昇させる効果はあるものの、その代わりそれ以上に違うステータスを下げてしまい結果的にマイナスになってしまう呪いのアイテム状態になってしまっている。

なぜ自分はこんなに知識を取り入れまくっているのだろうか。それは自分が頭が良くないから。知識が足りないから。頭が良くなかったために、知識がなかったために損をしたり涙を流したり。あんな思いをもうしたくないから本を読み、手を動かし、口を動かし、頭を動かす。

だが学べば学ぶほど自分はまだ知らないことが大量にあることを知る。しかし学べることには限度がある。どうすればいいのか分からなくなってくる。

とりあえず、今はどうすればいいのかの答えを出すのは先延ばしにしよう。これから色々学んでいくうちにいい感じの答えが出るかもしれない。呪いのアイテムも呪いが解けたら強力なアイテムになるのはよくある話だ。学ぶこと自体は楽しいのでこれからも色々学んで強くなろう。

 

不安は多いが進むべきだ

「人生って自由すぎるな」と最近ふと思った。仕事をやめようと思えばいつでもやめられるし、今までやったこと無い職種で働こうと思えば働くこともできる。欲しい物を欲しいだけ買うことは出来ないが、思い切って借金をすれば限度はあるもの欲しい物を大量に買うことができる。そしてこれらをやろうとすると「やめたほうが良いよ」と言ってくれる人はいるが力づくでも止めようとしてくれる人はいない。自分の責任のもと何でもできる。素晴らしい。

最近はいろんな事に挑戦してみている。英語の勉強をしたり、小説を書き始めたり、出会いを求めて色々やってみたり。やろうと思えばなんでもできる。楽しい。だがふとした時に怖くなる。俺どうなってしまうんだろう。頭の中で真っ暗な遠い未来を見ようとすると闇に飲み込まれそうになる。深淵をのぞく時、深淵もまたこちらを覗いているのだ。

少し考えすぎてしまった。良くない。人生って難しい。だが、楽しい。

900記事

この記事で900記事だ。昔はエロゲの感想やら色々書いていたが、気がつけばエロゲもほとんどやらなくなり、その時に感じた内面的なことばかり書くようになってしまった。

過去の記事を見返すと「俺変わったなあ」と思う。そして昔の記事を見るとなんとも恥ずかしい気持ちになってくる。しかし恥ずかしい気持ちになるということはなんだかんだで自分は成長しているということだ。いいことだ。

思うように書けなくてつらみを感じることもあるがブログを書くのは楽しい。来年もなんだかんだで細々と続けていくと思う。来年の自分はどんな記事を書いているのだろう。今のようなオタクでも一般人でもない中途半端な状態から抜け出せているのだろうか。とりあえず今できることは、来年この記事を見返した時に「去年の俺、よかったな。去年より良くなってるぞ」と思えるように今できることを少しずつやっていくことだ。頑張れ俺。